グールドの朝
グールドの弾くバッハの「ゴルトベルク変奏曲」は
いかに明るく近代的な響きにみちてることか
――吉田秀和
ピアノも
ひけるのに
とながいまつげを
旋律にのせて
そのひとはいった
客がかえると
テーブルに
もう灯はともされない
すると
グレン・グールドがすき
と「ゴルトベルク」を
てのひらにのせて
うたってみせる
箸のうごきも
いまはきえて
もう宵はふけていかない
めざめのあとの
この変奏曲
せかいのはての
かりそめの
至福のうたげ
とワイングラス
ささげるかたちで
そのひとは微笑う
とおい陽のさす
まぶしい床の
襞すれすれに
鍵をたたけば
ひふにしみいる
美のひとしずく
すでにあたりはきえて
グールドのゆびは
ひととぼくとの
ひそかな
ほそいひかりのみちを
またたきながら
かよってくる
すると
そとを
ひきかえす靴音がして
たしかに
朝がやってくる
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若き日のグレン・グールド
詩集「グールドの朝」(思潮社)
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